習志野市立習志野高等学校     
~雑草の如く逞しく~
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2020/11/04

習志野高校の創設について

| by kyoto08


                         令和2年11月5日
習志野高校の創設について
                       校 長 岩 波 永

皆さん、今日11月5日は本校の創立記念日です。

 習志野高校は昭和31年に設立が許可され、昭和32年4月14日に第1回の入学式を行った。校舎の落成と開校は同年の11月5日だった。(現在11月5日が創立記念日となっている。)習志野が市になって未だ数年であったが、当時の白鳥義三郎市長の決断で、習志野高校が設立された。当時、市立高校の創設にあたって、白鳥義三郎氏は、「今、市では、2つの大きな仕事にとりかかっています。天然ガスの試掘と市立高校の設置であります。地下資源の開発は習志野市の経済的発展の大きな土台となるべき重要な仕事であり、高校の創立は、それこそ時代を背負う立派な人材を育て上げる大事な事業です。それぞれ1億円前後の巨費を要しますので、現在の習志野市としては、むしろ分にすぎた事業とも思いますが、明治維新後、越後長岡藩の米百俵の話もあり、是非これは完成いたしたいと存じます。」この強い思いがなければこの習志野高校の誕生はなかった。白鳥義三郎氏は、「習志野高校を習志野市のシンボルにしたい。」「習志野高校は習志野市の王冠である。」と常々言っていたという。秋日和の11月5日、校庭で行われた開校式での式辞で、「10年の計は木を植うるにあり、100年の計は人を育てるにあり。」と熱っぽく訴えたそうである。


 初代の校長は山口久太氏である。前千葉県教育委員。習志野高校は初代校長山口久太氏をおいて、語ることはできない。氏の強烈な個性と情熱が習志野高校のあゆみを決めたといえよう。習志野高校新聞創刊号で次のように語っている。「私の決意にこたえるごとくして習高創業という、正に理想的な、天与の職場が与えられた。私は感激している。私は本当に感激してやっている。私とともにある先生方も、この習高教育に、情熱を捧げ尽くしている。生徒諸君も新しい学園づくりに自覚を持ちつつある。私共師弟は、がっちりと腕を組んで、スタートを切ったわけである。そして習高教育の目指すゴール、平和な社会の建設に、寄与出来る人物になろうと努めている。私共は、この険しい道を励まし合って前進している。今日も習志野の花薫る丘々にうつぼつとして、雲波がわいている。教師諸君よ、生徒諸君よ、さあ前進だ。」


 こうして、文武両道を目指す習志野高校の特色を標傍する「習志野の王冠たれ」「雑草の如く遅しく」という思いが、今日に至るまで生徒や市民の皆さんに語り継がれ、今日の伝統と伝説が築かれていくこととなりました。


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