式辞
まさに、新たな生命が随所で躍動し、華やかな出発を祝うこの佳き日に、保護者の皆様の御臨席を賜り、千葉県立野田中央高等学校第十七回入学式を挙行できますことを、心より感謝申し上げます。
ただ今入学を許可した320名の新入生の諸君、入学おめでとう。様々な期待に胸を膨らませているこの場にいるみなさんを、教職員・在校生を代表して、心よりの歓迎をいたします。
また、これまでずっとお子様を、暖かく支えて来られた保護者の皆様、このたびの御入学、誠におめでとうございます。立派に成長されたお子様の姿を前に、喜びもひとしおのことと思います。改めまして、心よりの、お祝いを申し上げます。
本来であれば、御両親揃って御子様の晴れの門出を御覧頂きたかったところですが、コロナウイルス感染症の影響により、人数を限っての開催となりましたこと、心よりお詫び申しあげます。
さて、新入生のみなさん。みなさんは今日から「のちゅう」生としてのスタートを切ります。これからの3年間は、おそらく80年にも渡るであろう長い人生において、とても中身の濃い大切な期間となります。この3年間を如何に過ごすかが、今後の人生に大きな影響を及ぼすわけです。そんなターニングポイントに立っているみなさんに私の好きな、座右の銘としている言葉を贈ります。それは、「一隅を照らず」という言葉です。
最澄の言葉とされる「一隅を照らす」ですが、もともとこの言葉は、中国の故事にちなんだもので、王の乗り物の前後を明るく照らしてくれる宝石を、国の宝として自慢した強国の王に対し、別の国の王が、そんな宝石は私の国にはないが、国の隅をしっかりと守ってくれる将軍たちの活躍のおかげで、国全体が明るく照らされている。彼らこそが国の宝だ、と返したことに由来するのです。
この故事が言わんとしていることは、一人一人が、自分に与えられた役割をしっかり果たしていくことが、何より大事で、みんながそれぞれの居場所、一隅を照らしていけば、やがて全体が明るく輝き始めるようになる、ということです。
ここにいるみなさんは、みんな違った特性を持っていることと思います。光り輝く宝石のように見える特性をもっている人もいるかもしれませんが、そうでない人もいるでしょう。でも、それを残念に思う必要はありません。自分自身が置かれているその場所、つまり一隅を照らしていければそれでいいのです。自分の得意なこと、好きなことを突き詰めていけば、みなさんのいる一隅は次第に明るさを増していきます。どんなことでもいいのです。例えば人にやさしくできたり、大きな声で挨拶ができたり、自分ができること・好きなことから始めていってほしいのです。
野田中央高校には皆さんを含め1000人近くの生徒が在籍しています。つまりは1000の一隅があるわけです。一人ひとりが照らすその明るさは様々でも、1000も集まればまばゆい光を放ち始めます。自分一人ではそれほど明るくなかった一隅も、他の光を浴びて、その明るさをどんどん増していきます。みなさんにとって野田中央高校がそういう場所となるよう、先生方はみなさんを支えていくので、みなさんは自分にとっての一隅をこれからの3年間で明るく照らせるようにしていって欲しいと思います。
次に、本日御列席下さいました保護者の皆様にも一言述べさせていただきます。本日よりお子様を野田中央高校の生徒としてお預かりすることとなりました。この上は全力を挙げ、一人ひとりの進路実現に向け、教職員一丸となって教育活動を展開してまいります。
しかしながら、保護者の方々との連携、信頼関係なくして成果をあげることは難しいものとなります。より質の高い教育環境の構築のため、学校・家庭・地域がそれぞれの果たすべき役割を踏まえ行動していくことが求められております。高い席からではありますが、これからの本校の教育活動に対し、何卒特段の御理解と御協力を賜りますよう、宜しくお願い申し上げます。
最後に、新入生のみなさんが、実り多い高校生活を送られることを心から祈り、私からの歓迎の言葉とさせていただきます。
令和4年4月7日
千葉県立野田中央高等学校
校長松田裕二